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	<title>ponyboy.org</title>
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	<modified>2011-12-06T13:45:23+00:00</modified>
	<tagline><![CDATA[それは日々の記憶と記録。]]></tagline>
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		<title>ふわっふわしている</title>
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		<issued>2011-12-06T17:21:48+09:00</issued>
		<modified>2011-12-06T08:21:48Z</modified>
		<summary>今日現在の素直な気持ちとして、生きているというのが、どういう事、どんな意味なのかよくわからない感じになってきている。まぁ、大昔から...</summary>
		<author>
			<name>fumi</name>
		</author>
		<dc:subject>days</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="http://ponyboy.org/img/img11_R0011802.jpg" class="pict" alt="R0011802.jpg" title="R0011802.jpg" width="700" height="467" /><br />
今日現在の素直な気持ちとして、生きているというのが、どういう事、どんな意味なのかよくわからない感じになってきている。まぁ、<a href="http://twitter.com/intent/tweet?source=webclient&text=http%3A%2F%2Fis.gd%2FM1boNy" target="_blank">大昔からある疑問</a>なんだろうけれど。<br />
<br />
そんなことを意識して生きてきたことはあんまり無かったけれど、ここんとこ急に頭の中を支配するようになった。「なんで生きてるの？」っていう問いかけが、いつも頭の中にある。「なんで」は「何のために」とか「誰のために」にでも置き換えられるのかな。生きてる事自体は、なにとか誰とかのためじゃなくて、なんていうかそれこそ本能としてそれを続けているのかなぁとかも思う。生きるために生きてるというか。生き続けるために、心臓が動きつづけている。それ自体は、俺の意思じゃない。心臓を動かそうとしているわけではないのだし。ペースメーカー細胞だっけか、そんなのが動かしている、と。胎内にて各種器官ができた時から、特に自分で意識することなく心臓が動き、呼吸をして、生きてきたという事か。特にメンテナンスもせずに、42年間動いているのだから、心臓というのはスゴイなぁ。<br />
<br />
生きる目的とか、目標とか、守るべきものとか。そういうものも、自分の中には特に浮かばない。その刹那、面白いと感じたり、大切だと思ったり、可愛いなぁと愛でてみたりすることはあるけれど、持続することがない。一度ダメになると、それを修復したり、考え直したりすることができない。そういえば何年か前までは、目標とするようなこともあったのだけれど、いろんな事情が重なって、いつの間にか俺の中からは無くなってしまった。守るべきものとしては、店は確かにそうではあるけれど、恐らくこれは俺がいなくても成立する場所。俺じゃなくても守れるものだから、生きていくためのトリガーにするには、ちょっとパワーが弱い。とはいえ、今はここが俺の収入を生み出す仕事場だから、大事なところだってのは間違いないんだけどさ。<br />
<br />
誰かに必要とされたい(かまってちゃん的な)のかと問われれば、それともまた違う。むしろ、誰からも必要とはされたくないかもしれない。なんつぅか、出会って遊んだり、飲んだりしたときに、話したり、笑ったりすることが出来れば、それ以上は特に望まない。深く関わることに対しては、若干の恐怖すら覚える。自分が何をしでかすかわからない。その反面、Facebookのあいさつが届いたりすると和んだりするから、これまたよくわからない。まぁ、それぐらいの距離感で十分だったりするのかも。<br />
<br />
親には今までの迷惑(本当に、夥しい数の迷惑をかけてきた)を返したいという気持ちはある。でも、具体的なイメージは浮かばず。18で家を出てからは、ほぼ実家により着くこともなく、一緒に暮らすこともなかった。二人共すでに年金受給者になり、子供(俺と弟)の煩わしさから解放されて、悠々自適である。今更、下手に俺がかかわると、さらなる迷惑をかけそうで(それが親子関係というものなのかもしれないけれど)、今でも腫れ物を触るような付き合い方しかできない。彼らも、わざわざ俺と積極的に関わろうとは思っていない。やっとつかんだ、ゆったりした生活を、俺がかき乱してはならないと思っている。<br />
<br />
3つ年下の弟は、ハンデキャップを抱えているが、本人の努力により、それを感じさせない生活をしている。誰もが知る会社に勤め、本当にステキな姉さん女房をもらい、可愛い娘も賜った。弟に関しても、なんの心配もない。むしろ、弟が俺のことを心配ているんじゃないかと思う。彼が、幸せに暮らしているのは、今の俺が思う、数少ない嬉しい事の一つだ。いつまでもいつまでも、幸せに暮らしていって欲しい。<br />
<br />
自分の子供に関しては、全て処分したと思っていたんだけれど、とある写真を見つけてしまったからなのか、このところ思い出すことがある。夢にも出てきたりする。もう15歳と13歳になるだろうが、夢のなかでは当時の5歳と3歳のままだ。服も変わらないし。でも、不思議なくらいに元の奥さんや彼女達には、会いたいとは思っていない。人として、どうかと思うこともある。冷たいのかもしれない。でも、痛すぎて痛すぎて、早く忘れようとしていた頃もあった。それに関する記憶を、ストンと落とそうとしていた。それなりに、その試みは成功したのだろう。今は、遠くから、チラっとだけ見てみたい。そんな感じ。<br />
<br />
「なぜ生きているか」に対する答えは、今のところ、俺の頭ではどうやっても出てこない。「なぜ死なないのか」に関しても、よくわからない。生きようとしているのか、死のうとしているのか、といえば前者だけれど、それほど積極的ではない。今死んだら、どこに、誰に迷惑がかかっちゃうんだろうか。ホントに死ぬときには、迷惑がどうのなんて考えられないものなのかな。そんなこともひっくるめて、わかんない日々が続いている。イヤな頭痛はいつもそばにいるし、お気に入りだった靴の底は擦り切れてしまった。大好きな冬が来ているはずなのに、いつまでたってもキーンとした寒さがやってこない。どこかが、ふわっふわしてる。ふわっふわ。<br />
<br />
そういえば来年2012年の5月21日に、日本で金環食を見ることが出来る。20代の頃に2012年に金環食があると知ったときは、そんな先のことなどイメージできないと思っていた。それが、もう半年足らずでやってくる。嘘みたいだ。次の金環食がある2030年には、俺は60歳。正直なところ、生きているイメージは持てない。<br />
<br />
たぶん来年の5月21日、金環食までには、これからどうするのかを決めているだろうと思う。<br />
<br />
<i><br />
That's the hardest part.<br />
Today everything is different.<br />
There's no action.<br />
I have to wait around like everyone else.<br />
Can't even get decent food.<br />
After I got here I ordered spaghetti with marinara sauce...and I got egg noodles with ketchup.<br />
I'm an average nobody.<br />
I get to live the rest of my life like a schnook.<br />
〜 GoodFellas, 1990</i>]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>歌のこと</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ponyboy.org/log/eid8.html" />
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		<issued>2011-10-21T22:48:47+09:00</issued>
		<modified>2011-10-21T13:48:47Z</modified>
		<summary>前にも少し書いたけれど、大昔、バンドをやっていた。バンドをやっていたっていうか、歌ってた。大好きだった。青春時代の少なくない時間、...</summary>
		<author>
			<name>fumi</name>
		</author>
		<dc:subject>days</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="http://ponyboy.org/img/img10_20111021_2.jpg" class="pict" alt="20111021_2.jpg" title="20111021_2.jpg" width="700" height="309" /><br />
前にも少し書いたけれど、大昔、バンドをやっていた。バンドをやっていたっていうか、歌ってた。大好きだった。青春時代の少なくない時間、そこに時間も思いも注いでいた。とはいえ、これも前に書いたとおり、花開くことは無かったのだけれどね。<br />
<br />
そのバンドは高校時代に組んだバンドで、コピーは1曲もやらず最初からオリジナル曲のみでやっていた。あ、違う「おかしな二人」だけはコピーしたわ。あの前奏がやりたくて。うはは。んでもって、文化祭に出てみたり。高校を卒業してからもライブハウスやホコ天、他にも様々なオーディションやコンテストに応募したり。メンバーの内、ギターやドラムは完全にプロ志向で、今思えば色んな事を考えていたように思う。<br />
<br />
でも、俺自身は、なんだかすっごく「ふわっふわ」した気持ちでバンドに参加していた。最初は学祭に出ようか、ぐらいの軽い気持ちからバンドに入り、なんとなくギターを弾き、歌い。高校卒業後、留年〜大学入学の間にも、流されるままにオーディション受けたり、ライブハウスに出る日々。凄まじい努力をしたわけでもなく、バイトしながら必死に、とかいう状態を一度も経験せずに「なんとなく」楽しんでいるうちに、気がついたらそれなりのレコード会社に拾ってもらい、ニューヨークでデモテープを録音する、なんていうところまで行っちゃってた。今書いてても嘘みたいだ！いわゆるバンドブームの恩恵を、ものすげー受けまくりやがっていたのよね。<br />
<br />
で、その「なんとなく感」がそうじゃなくなったのが、皮肉なことにレコード会社から「おつかれさん」と言われてからだった。俺は、すっかりバンドで生きて行く気満々になっていたのだ。今考えたら、甘すぎて笑っちゃうぐらいなのだけれど。目の前が真っ暗になるっていうのは、正にあの時の事。嫌な汗が、ドッと出てきて、動悸、息切れがする。プロデューサーの話す言葉が、よく頭に入ってこない。横に立っていた、いつもにこやかに笑ってくれていた事務のお姉さんも、今日はニコリともしない。彼女が最後の給料を振り込む日付を伝えた後、驚くほどシンプルに俺達は首を切られた。<br />
<br />
その後は、色んな仕事に就いたけれど歌を歌うことはなかった。歌うことが必要な仕事なんて無いからね。幼稚園の先生や音楽の先生とか？それも自分のバンドの歌を歌えるわけでは無いしなぁ。いつの間にか日々の暮らしの中で、俺の中での「歌う」っていうジャンルは消えつつあった。車の中に一人でいても歌うことはなかった。あの時のショックを癒すために、自己防衛本能が働いたのかもしれない。歌うことは、俺の中から急速に輝きを失って、どんどんと無くなっていった。<br />
<br />
離婚後もしばらく御殿場の地ビール屋で仕事をしていたのだけれど、その時のスタッフの子が「仕事終わった後みんなで飲みに行くんですけど行きませんか？」と声をかけてきた。特に用事もなかったので仕事終わりに、その飲み会に合流。飲んで食べて、お開きにという段になって「カラオケ行こう！」という流れになった。ドクンと心臓が大きく波打った。あの日以来、カラオケにすらも行くことは無かった。自意識過剰すぎだけれども、本当に歌うのが嫌だった。<br />
<br />
今でも忘れない、裾野のラーメン屋に併設されたカラオケボックス。いかにも場末で、部屋に入るとすえたカビの香りもした。同行した連中は、すぐに曲を探し始める。俺は、落ち着こうとタバコに火をつけ(今はもうやめてる)ビールを飲んでいた。「歌ってくださいよぉ♪」当時気に入っていたスタッフの子が、めっちゃ可愛い笑顔で歌本を渡してきた。お酒も飲んでたけど、何にも酔いは回ってなかった。ものすげぇ、嫌だった。死ぬかと思った。<br />
<br />
歌った。歌った。歌った。歌った。歌った。<br />
<br />
スゲー楽しくて、死ぬかと思った。やっぱり歌うの楽しいって、深夜のカラオケボックスで再認識して、俺はダラダラと泣いた。みんな引いてた。更に歌った。更に引かれた。歌いながら泣く人なんだという認識もされたけれど、歌った。泣いた。歌った。そこからは、一切歌うことに関しての抵抗もなくなり、あの時の事がフラッシュバックすることも無くなった。やってみたら簡単だった。歌うの楽しい。すげー楽しい！<br />
<br />
んでもって。先日、バンドのギタリストがひょっこりと店にやってきた。何の前触れもなく、ひょっこりと。今でも彼は、俺にとって世界一のギタリスト。そいつがなんと、<a href="http://www.fernandes.co.jp/products/zo.html" target="_blank">ZO-3</a>を抱えて店に入ってきた。<br />
<br />
「歌わせようと思って」<br />
<br />
ニコニコと笑いながら、アイツは言った。閉店後の暗い店内で、俺は十数年ぶりに自分のバンドの曲を歌った。やっぱり楽しかった。聞けばアイツも、しばらくギターを弾かなかったらしい。最近、ふと気が楽になって、また弾いているという。色々と話していたら、スタジオにでも入って、ライブしようという話にまでなった。こればっかりは、どうなるかわかんないけど、今なら本当に気楽に、歌いたいと思いながら歌えるんだと思う。<br />
<br />
と言う事で、これ読んだ人はライブやる時は、来てください ;)]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>カメラの記憶・Contax T2</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ponyboy.org/log/eid7.html" />
		<id>http://ponyboy.org/log/eid7.html</id>
		<issued>2011-09-22T19:24:36+09:00</issued>
		<modified>2011-09-22T10:24:36Z</modified>
		<summary>コンタックスのカメラを一番最初に認識したのは、いつのことだっただろう。例のAE-1が手元に無くなった後は、しばらくカメラのない生活だった...</summary>
		<author>
			<name>fumi</name>
		</author>
		<dc:subject>camera</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="http://ponyboy.org/img/img8_20110922.jpg" class="pict" alt="Contax T2" title="Contax T2" width="700" height="496" /><br />
コンタックスのカメラを一番最初に認識したのは、いつのことだっただろう。<br />
<br />
<a href="http://ponyboy.org/log/eid5.html" target="_blank">例のAE-1</a>が手元に無くなった後は、しばらくカメラのない生活だったような気がする。高校の頭から始めたバンドに費やす時間が増えていき、写真と過ごしていた時間も徐々に減っていった。最初はスタジオにコンパクトカメラなどを持って行ったりもしたのだけれど、撮るメンツが変わらないから面白くもなんともない(愛する相手なら別だけどさ)。高校卒業〜浪人〜大学と、ずっとバンド中心の生活(実はビリヤードも結構真剣にやってた)だった。今思うと、わいわいと合コンに行ったり、サークル活動でキャッキャウフフとか、そもそもキッチリ勉強とかしとけよ、俺！って思うけれど、アレはアレでイイ青春時代だった(はず)。でも、タイムマシンあるなら高校の俺に「死ぬ気で勉強しろ、頼むからしろ！」って言うなきっと。<br />
<br />
高校卒業時の記念にとあるオーディションにでたら、某サブカル系漫画雑誌と同じ名前のバンドの人に面倒を見てもらう事になった。ライブハウスとかホコ天(！)とかにてライブしたり、スタジオ入ったり、デモテープ作ったり。その後、大学3年の時だったと思うが、あるオーディションにて、これまたとある大物作曲家の人に、なぜだかわからんけれど気に入ってもらって、レコード会社に所属することに。本格的にそっちの活動がメインになっていった。小僧相手にも、空前のバンドブームの余波が来ていたのだよなぁ。びっくりするぐらい、給料も貰えてた。漠然と、バンドが仕事になっていくんだと思っていたが、もちろんそんなに簡単なものじゃぁない。大学卒業後は、音楽一本だったのだけれど、結果的には華々しいことは何もなく「おつかれさん」の一言で音楽からは離れる事となった。あそこで、そこにしがみついて続けるほどに、俺は音楽を愛してはいなかったんだと思う。<br />
<br />
目の前の道が急になくなり、ハタと気づくと、俺には何のスキルも無いことがわかった。生きていくためにはお金がいる(高校卒業後すでに家は出てしまっていた)ので、とにかく仕事をした。飛び込みの営業、チョイ役ばかりの役者、ゴルフ場のキャディマスター、病院設立にともなう雑務および事務、レストランのホール、SEなどなど様々な仕事に就いた。一番初めに就いた職は自分で探したが、その後は全てそこで関わった人達に紹介されたり、誘われたり。自分には何も無かったが、周りの人達に素晴らしき人が多かった。それは今でも変わらない。そしてこの時期に、結婚もした。子供もできた。その時に、写真を撮ったのがこのContax T2だった。<br />
<br />
入手したのは、ゴルフ場で働いている時。メンバー向けのコースの写真を撮るのが目的だった。当時はデジカメ創世記で、ガジェット好きとしては、CASIO QV-10Aなども買って使ったのだが、解像度も含めさすがに厳しい物があった。思えば、この時にデジタルカメラに多少の失望をし、次の機種を買うのを躊躇ったんだと思う(次はOLYMPUS E-300で、そこからGR3まで買ってない！)。結局、フイルムカメラを使うことにしたのだが、一眼レフでは広いコースを回るには大変なので、それなりに写るコンパクトカメラを探して、これにたどり着いた。<br />
<br />
なにしろよく写る。ポジを入れて写すと、グリーンの色も素晴らしい。何も考えずにこれだけの写真が撮れるんだ、と感激した。その時は仕事にしか使っておらず、ゆえに遠景のみでの使用だった。「そういえば俺は、写真が好きだったんだよな」と思い出し、会社の人たちを撮ったり、家庭での写真を撮ったりし始めたら、とたんにこのカメラの欠点が見え始めた。撮影最短距離が、なんと70cm。全く寄れないのだ。んでもって、AFの中抜けがしょっちゅう発生する。近接用と遠景用で、フォーカスサークルが二つあるのだが、どうにもならん。室内から屋外を撮るようなシチュエーションでの露出のハズレも大きかった、盛大に白トビする。デジカメと違い、現像・プリントを経て、やっと失敗がわかるから落胆もでかい。<br />
<br />
しかし、これらの欠点は使っているうちに対応できるものだった。一番厄介なAFの中抜けは、二つのサークルの交わる部分から、ちょっとだけ破線の方のサークル(近接用)に寄った部分でAFロックしてやると、まず抜けることはなくなった(個体差もあったらしいけどね)。露出のトビは、その時々で補正してやればいい(ダイヤルの出来が良く、とても補正はしやすい)し、露出変えて何枚か撮ればイイ。問題は撮影最短距離だ。こればっかりは、どうにもならないので、その距離をつかむしか無い。でも、これは俺にとっては、とてもいい勉強になった。今まで、一眼レフではとにかく寄って、ボカして気持ちよくなっていたのが、全体を見て、構図を考えて、ということをするようになったのだ。まぁ、最終的には日の丸にもどるんだけどね。でも、寄るだけじゃないんだぜ、っていうのを覚えたのはこのカメラ。<br />
<br />
チタンを使った外装は、手にしっとりとなじむし、レンズがせり出すギミックや音も、ガジェット好きの心をくすぐる。シャッター音も小さくてイイのよね。凸面の少ないデザインもシンプルでいい。38mmという絶妙な画角と最短70cmというのは、俺が人を撮るのにメチャメチャ好きな構図になったし、f2.8と当時のコンパクトでは明るいレンズなのもよかった。PRESTOとの相性もすごくよくて、昼でも夜でもキレイなトーンを作ってくれた。そして、その解像感と立体感は圧倒的。自分の撮った写真で、モノやヒトが浮きだして見えたのは、このカメラが初めて。そしてそして！女の子が本当にキレイに写るカメラなのだ。これホント！気がつけばスンナリと、俺の最初の鞄カメラに。海外に行くときも常に一緒だったなぁ。恐らく、こいつか後の鞄カメラのRicoh R1sかが、俺内フイルム消費量No1カメラだろう。そういえば、店のレジ横に飾っているタイの公衆電話の写真も、これで撮ったものだ。AFは遅いし、それなりに重いけれど、今でも十二分に使える。<br />
<br />
稼働率はかなり落ちたものの、今でも防湿庫にいる数少ないメンバーの一員、そんでもって大好きなカメラなのだった。]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>本屋さんのこと</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ponyboy.org/log/eid6.html" />
		<id>http://ponyboy.org/log/eid6.html</id>
		<issued>2011-09-13T19:42:36+09:00</issued>
		<modified>2011-09-13T10:42:36Z</modified>
		<summary>El Ateneo in Buenos Aires全く本屋さんの内情もわからないし、関わったこともないから、ただのお客さんとしての、勝手な意見ね。twitterでも、ちょろっ...</summary>
		<author>
			<name>fumi</name>
		</author>
		<dc:subject>days</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="http://ponyboy.org/img/img7_sbookstore-el-ateneo-2.jpg" class="pict" alt="sbookstore-el-ateneo-2.jpg" title="sbookstore-el-ateneo-2.jpg" width="700" height="489" /><br />
<div style="text-align:right;"><a href="http://en.wikipedia.org/wiki/El_Ateneo" target="_blank" title="El Ateneo in Buenos Aires"><i>El Ateneo in Buenos Aires</i></a></div><br />
全く本屋さんの内情もわからないし、関わったこともないから、ただのお客さんとしての、勝手な意見ね。<br />
<br />
twitterでも、ちょろっと思ったことを書いたんだけど、どうして本屋さんて出版社別に文庫を並べるのだろうね。検索性最悪じゃない？作家別になっているところもあるけれど、少ないんだよね。特に大型店舗の場合。色々と調べたり、聞いたりしてみたら、どうも本屋さんの管理上の都合とか、出版社側の都合だったりするみたい。もちろん、それだけじゃ無いのだろうけれど。それって、お客さんの目線、何にも無いよね。昨日も本屋さんに行ったのだけれど、売る気が全く感じられなかったよ。検索用のPCが壊れていて、張り紙に「スタッフに聞け」って書いてあった。そばにいたスタッフに聞いてみたら「わからないので自分で探してくれ」と言われちゃって。100円ショップのスタッフのの人達なんて、みんな商品位置を把握してるよ。そういや、あの業界の毛嫌いするブックオフは、がっつりと作家別になってた気がするし。あそこも色々と問題はあるんだろうけれど、「どうやったら、お客さんが買う気になるのか」ってのは、すごく大事にして商売をしていると思う。<br />
<br />
本は返本が出来るシステムとか、なんかそういうのも、売る努力をしないのに絡んでくるのかなぁ。<a href="http://www.jbpa.or.jp/resale/index.html" target="_blank">再販制度</a>だっけか。いっそのこと、本なんて全部買取にすれば、もうちょっと売る努力するんじゃないかしらね。それに、仕入れる本も厳選するんじゃないかしらね。それじゃ成り立たないの？でも、どんな商売でもみんな同じことして、努力してお客さんに満足してもらってるんだと思うんだけどなぁ…。あ、CDとかも同じだっけか。とはいっても、都市部とそうじゃない場所では、購買層も客数も違うから、十把一絡げって訳にもいかないのもわかるんだけどね。どうにも、どこの本屋さんに行っても「本て、すげー面白いんだよ！本屋さんに来てね！て手に取って買ってね！」ていう気概というか、テンションが感じられないのよね…。このままだったら、みーんなAmazonで買うようになっちゃうんじゃないのかな。<br />
<br />
<br />
俺が好きであろう本屋は…。<br />
<br />
<ul><br />
<li>適度な照明(少し暗めで、電球色)</li><br />
<li>店内装飾の色味は茶系</li><br />
<li>適度な音量のBGM</li><br />
<li>ジャンル別・作家別の書棚</li><br />
<li>通路幅は大人2人分</li><br />
<li>検索用PC有</li><br />
<li>平積み無し</li><br />
<li>雑誌コーナー別フロア</li><br />
<li>担当スタッフのおすすめコーナー有</li><br />
<li>カフェ併設</li><br />
</ul><br />
<br />
書いてて思ったけど、これって図書館か…。うーむ。<br />
みんなの行きたい本屋さんて、どんな本屋？]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>カメラの記憶・Canon AE-1</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ponyboy.org/log/eid5.html" />
		<id>http://ponyboy.org/log/eid5.html</id>
		<issued>2011-09-08T16:54:13+09:00</issued>
		<modified>2011-09-08T07:54:13Z</modified>
		<summary>一番初めに使ったカメラは、おそらく小学生の時の遠足に持っていったOLYMPUS PEN EE-3だろう。雨がそぼ降るこどもの国で撮った数々の写真が、未だ...</summary>
		<author>
			<name>fumi</name>
		</author>
		<dc:subject>camera</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="http://ponyboy.org/img/img6_20110908_1.jpg" class="pict" alt="20110908_1.jpg" title="Canon AE-1" width="700" height="525" /><br />
<br />
一番初めに使ったカメラは、おそらく小学生の時の遠足に持っていった<a href="http://www.olympus.co.jp/jp/corc/history/camera/popup/pen_pen-ee3.cfm?message=1" target="_blank">OLYMPUS PEN EE-3</a>だろう。雨がそぼ降る<a href="http://www.kodomonokuni.org/" target="_blank">こどもの国</a>で撮った数々の写真が、未だに実家に残っている。ハーフ版なので、ほぼ全ての写真が縦構図。36枚フイルムで70枚近く撮れる。ここで縦構図好きになったんだろうなぁ。でも、このカメラに関しては、また後日。<br />
<br />
その後、中学では特にカメラを使うこともなく過ぎた。高校に入って、なんとなくちゃんとしたモノクロ写真を撮りたくなって(背伸びというか、カッコつけの延長)、中古の<a href="http://web.canon.jp/Camera-muse/camera/film/data/1976-1985/1976_ae1.html?categ=crn&page=1976-1985&p=1" target="_blank">Canon AE-1</a>をゲット。上の写真と同じ黒いモデル。AEの名のとおり、Automatic Exposure、すなわち自動露出が組み込まれた、世界初のマイクロコンピュータ搭載機種。当時はそんなコト知らんかったけど。カメラは速度優先な作りだったのだけれど、俺は絞り優先で使ってた(ダイヤル回すの超めんどい！)。ようするに、シャッタースピードダイヤルをしこしこ回して、なるべく露出が開放に近づくようにしてたわけ。素直にニコンの機種を買っとけばいいのに(当時のニコンは絞り優先がメインだった)。しかし、俺の絞り優先好きは、完全にこの機種で開眼。なので、後にAV-1という当時のキヤノンには珍しい絞り優先AE専用の機種も買ったのだった。さらに言えば、ニコン嫌いが、ここで始まり、今に至るまでニコンのカメラはデジタルも含め一度も使ったことがない。<br />
<br />
手に入れたのは高2の時、発売からすでに10年は経過しており、そんなに高くなかったと思う。人生初の一眼レフ、レンズは付属のFD 50mm/f1.4。明るさと、前玉の大きさに興奮した。このレンズの開放は、ホントにとろっとろだった。PEN EE-3で見ていたパンフォーカスな写りから、f1.4の被写界震度の浅いボケの世界へ。グラビアでしか見たことの無かった、あの後ろのボケた人物写真が撮れる。俺はあっという間に開放至上主義になった。<br />
<br />
モノクロならば、自家現像だろうということで、最初からPRESTOとミクロファインという組み合わせだったと思う。現像液はもしかしたらスーパープロドールだったかも。もちろんトライXなども使ってみたのだけれど、なんだかあの富士フイルムの緑や、パッケージのフォントが好きだった。現像したフイルムの「ヌケ」とかプリントのしやすさがわかる境地には、未だにたどり着いていないけれど、現像して水洗した後の、あのPRESTOの色が好きで、以後ずっとモノクロフイルムは変えていない。<br />
<br />
絞りとシャッタースピードの関係や、露出補正(ASAダイヤルで対応とか！)等を覚えたのは全てこのカメラ。三分割の構図とかも、これで勉強した。今は完全に日の丸上等だけどね。いつもPRESTOを詰め、フイルム感度を1〜2段落としてガシガシと使った。<br />
<br />
このカメラでは、本当にいろんなモノを撮ったな。友人・知人・恋人はもとより、街中で好みの女の子に声をかけたり、工事現場のおじさんを撮らせてもらったり。なにしろ人を撮るのが好きで、なかでも働いている人を撮るのが大好きだった。ヌードもたくさん撮ったなぁ(これが自家現像を始めた大きな要因)。ファインダーの中で、可愛らしい女の子の、少し照れた瞳にスパリとピントがあって目が会う瞬間や、忙しく働く人が鬱陶しそうにレンズに向ける視線を受け止める感覚は、そりゃぁ何にも変えがたい感覚で。もちろん学校やスタジオにも持って行ってた。レンズは一本しか無かったけど、それで十二分だった。<br />
<br />
しかーし、別れはあまりにも突然にやってくるのです。その日も、写真を撮りに出た。ホームに滑りこんでくる電車の音を聞きながら、町田駅の階段を駆け上がっている最中に、ふと右肩が軽くなり、何かがすり抜ける感触がした。老朽化したストラップが切れたのだ。あ！っと思った時には、すでにカメラは、階段の一番下まで転がり落ちていた。何も言えず、しゃがんでカメラだったものを拾う俺に、通りかかったサラリーマンがレンズキャップを持ってきてくれ「残念だったね」と一言。「はい…」というのが精一杯の俺。そうして、AE-1の蜜月は、あっけなく幕を下ろした。<br />
<br />
もう使うことはないと思うけれど、写真童貞の俺を、一から優しく導いてくれた、お姉さんのようなカメラだった。]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>In a better world</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://ponyboy.org/log/eid4.html" />
		<id>http://ponyboy.org/log/eid4.html</id>
		<issued>2011-09-06T16:49:41+09:00</issued>
		<modified>2011-09-06T07:49:41Z</modified>
		<summary>邦題は「未来を生きる君たちへ」。オフィシャルページはこちら(音が出るので注意)。デンマークの映画で、アカデミー賞の最優秀外国語映画賞を...</summary>
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		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="http://ponyboy.org/img/img4_20110906_1.jpg" class="pict" alt="20110906_1.jpg" title="20110906_1.jpg" width="600" height="230" /><br />
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邦題は「未来を生きる君たちへ」。オフィシャルページは<a href="http://www.mirai-ikiru.jp/" target="_blank">こちら</a>(音が出るので注意)。デンマークの映画で、アカデミー賞の最優秀外国語映画賞を取ったというのを知って、ずっと観たいと思っていたのだけれど、大好きな映画館である武蔵野館で上映しているのがわかって急いで観に行った。お客さんは俺を入れても15名程度…もったいないな。<br />
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個人的にはとてもイイ映画だと思ったが、人によっては退屈な映画かもしれない。「楽しい」とか「イェー！」的なところからは離れている(そういう映画も、好きだけどね)。ネタバレはしたくない方針なので、詳細は省く(オフィシャルにある程度のストーリーはでてる)けれど、色んな観かたの出来る映画だなぁ、と。きちんとしたテーマを、エピソードを重ねつつ、丁寧に追いかけてあると感じた。観終わった後に女性監督の作品だと知ったのだけれど、視線的には男性っぽさも女性っぽさも感じることはなかった。淡々と、子供の視線と大人の視線、そしてそれらが交錯する視線とを、どれをも丹念に観察している感じ。<br />
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暴力とか、愛とか、金銭とか、人が生きていく上で立ちすくむ場面に関わるアイテムが、色んな場面に濃縮されて出てくる。特に暴力と、それにどう関わるかという部分には重きが置かれている。観終わった後に爽快感こそないが、どこか心の深いところをくすぐられた感じが残った。個人的には「<a href="http://intothewild.jp/top.html" target="_blank">Into the wild</a>」を観た時の感覚と似ている。生きることの意味とか、もっというと生きていくこと自体の是否みたいなのが、ぐわりと頭を過る感じ。もう一度、観たいと思っている。]]></content>
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		<title>マキシでタイトなアレ</title>
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		<modified>2011-09-04T02:22:25Z</modified>
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		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="http://ponyboy.org/img/img2_dress.jpg" class="pict" alt="マキシでタイトなアレ" title="マキシでタイトなアレ" width="298" height="442" style="float:left;margin-right: 10px;" />えーと、最初にお断りしますが、このエントリは、完全に男子目線ガッツりな日記です。女子の方々は不快になる可能性もありますので、予めご了承ください。って、常に俺は男子目線ですけれど。いや、好きなのね、こういうワンピース。正式名称がわからなくて、昨日ネットにて聞いてみたり、検索したりしたけど、どうも「これっ！」ていう名称があがってこない。DMとかでも教えてくれた人がいたりしたんだけどね。どうにもモヤモヤするので、昨日店に来てたOLさんポイ4人組のお客さんにも聞いてみたら「マキシワンピかなぁ…。」との情報が。でも、それで検索してもちょっと想定と違ったので、その後も検索語を変えて色々見たんだけれど、見つからない。んでもって、試行錯誤のすえに結局は「maxi dress gray」とかして<a href="http://www.aliexpress.com/product-fm/463788457-Free-Shipping-Wholesale-Drop-Ship-Cross-Set-Sleeveless-Maxi-Dress-Gray-Dresses-Long-Dress-wholesalers.html" target="_blank">ここ</a>にたどり着いた。さてさて。あ、ところで何してんだ、俺は。<br />
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なんだかね、ロングなドレスというか、ワンピースは、ノースリーブでもいいし、ベアトップでもいい。普通に丸首で袖が7分とかもいいんだよねぇ。あとノースリーブのタートルとかグッとくるかも。ラグランとか<a href="http://item.rakuten.co.jp/b-happy/274/" target="_blank">パーカータイプ</a>も可愛いね。ある程度、背がないとダメな気もするけれど。あと、あんまりメリハリのあるボディだと、ちょっと肉感的になりすぎちゃうかもしれんですな。<br />
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そういえば、今年はボーダーのこういうワンピをよく見かけた気がしますが、好きなのは、もう無地のグレー一択です。<a href="http://www.alternativeapparel.jp/shopdetail/002007000014/" target="_blank">こんな感じ</a>だけど、もうちっと裾のほうがタイトな方のがイイのよねぇ。フワーってなってるんだったら、他の生地や柄でもイイのですよ。あ、なんか読んでくれている方々をおいてけぼりにしている感満載ですが。これね、きっと男子な皆さんは分かってくれると思うのですよ。これ着て、おでこ出して、後ろにざっくりと長い髪とかしばってたら、それだけで3割、いや5割増ぐらいになります、個人的には。短くて、クシュクシュした髪とかでもやられるかもなぁ。って、何でもいいんかいオノレは！っていうのは言いっこなしですよ、えぇ。<br />
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しかーし、ピンポイントに「これ！」って画像が簡単に見つからないってことは、女子の皆さんにはウケが悪いのかしらねぇ…。]]></content>
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		<title>TivoliAudio</title>
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		<issued>2011-09-03T12:56:37+09:00</issued>
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		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="http://ponyboy.org/img/img1_one_cs.jpg" class="pict" alt="one_cs.jpg" title="TivoliAudio ModelOne" width="450" height="233"/><br />
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以前に一人暮らしをしていた部屋にはテレビがなかった。別段不便はなかったが、音は欲しかったので毎日ラジオを聞いて過ごしていた。その時に使っていたのが<a href="http://www.tivoliaudio.jp/index.htm" target="_blank">TivoliAudio</a>の<a href="http://www.tivoliaudio.jp/products/modelone.html" target="_blank">Model One</a>。ラジオ再生だけという、シンプルな機械だ。<br />
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最初に見つけたのは、どこかのセレクトショップだろうと思うけれど、もうその佇まいに一目惚れ。視聴も何もせずに、あっという間に購入。しかも、その時点ではCD再生もできるものだと思っていた。帰宅して、いそいそとセットアップしてみるとラジオしか使えない。ツマミもなんにもない。うーんと頭をひねり、返品も考えたのが、佇まいがステキなことにはかわりはないし、まぁいいかと電源を入れてラジオを聴いてみた。<br />
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音が出たときの気持ちは今でも覚えているが、そのふんわりとした感覚と、臨場感あふれる音はとても心地良く、一発で気に入ってしまったのだった。その後、数年間、我が部屋でのBGM機器として活躍していたが、とても仲の良かった友人が海外に行く時に餞別替わりに欲しいというので、あげてしまった。しばらく忘れていたのだが、先日ふと思い出してページを見てみたら色々とラインナップが増えていた。中でも<a href="http://www.tivoliaudio.jp/products/musicsystem.html" target="_blank">MusicSystem</a>は、念願のCD再生もできるようなので、かなーり欲しまっている最中なのだった。でも、ちっと高いのよねぇ…。<br />
<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&bc1=FFFFFF&IS2=1&npa=1&bg1=FFFFFF&fc1=000000&lc1=0000FF&t=ponyboyorg09-22&o=9&p=8&l=as1&m=amazon&f=ifr&ref=qf_sp_asin_til&asins=B0027FQGWC" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>]]></content>
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		<title>なんとなく</title>
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		<issued>2011-09-03T04:08:41+09:00</issued>
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		<summary>日記というか雑記を再開してみる。ここんとこ、twitterとかfacebookに短いのばかり書いていて、文章をなんにも書いていないことに気がついた。昔...</summary>
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			<name>fumi</name>
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		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[日記というか雑記を再開してみる。ここんとこ、twitterとかfacebookに短いのばかり書いていて、文章をなんにも書いていないことに気がついた。昔は、毎日ちゃんと書いていたのにね。写真は"<a href="http://withgr.com/" target="_blank" title="with GR">with GR</a>"に統一してしまおうと思う。フイルムで撮ったのは、まぁ、ここかflickrにでも上げればいいでしょう。]]></content>
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