ponyboy.org

人生やりなおしてる感

前回の日記にて(そう、ここに記されているのは日記なのだよ、おそらく)写真がどうこう書いたけれど、主にその対象になっている彼女が世に出てきて早1年7ヶ月が過ぎた。あっという間な気もするけれど、途方もなく長いとも思う。今までの人生、結構色々と体験しているつもりだったが、この何年かに比べたら屁みたいだと思える。

日本で結婚していた時にも子供がいた。二人。先に生まれた方(ほう)はすでに成人しているし、次に生まれた方も間もなく成人する。おぅふ。俺が26歳の時に生まれているから、まぁ当然そうなるんだけど「成人」という字面はなかなかの破壊力がある。上の方は、俺が子供を持った年齢にかなり近づいているわけか。きっと普通に彼氏がいたりするんだろうな(離婚以来会ってないから、現在の顔すらもわからないが)。SNSで実の父親探しをしてたりするんだろうか。物心ついた時にはいなかった父親になど、関心はないか。そういう意味でのネットリテラシー的なものはあるし、なおかつそれなりにビビりなのでネットにアップするリアル情報はちゃんとぼかしてる(と思う)。万が一、彼女達が俺を検索しても現在のデータは、あんまり出てこないだろう。こっちから検索するのは、自分の倫理観としてNGなので今のところしたことがない。あ、嘘。1回だけしたけど見つからなかった。今後するかどうかはわからない。

俺の父親が「父親」になったのは25歳の時だったというから、俺とほぼ同じ。今の俺の年に、彼は22歳の俺と対峙してたわけか。すげぇ。俺、22歳の時って(今もだけど)本当にロクでもなかった。そんなヤカラに対して、大して怒りもせず、淡々と世話をし、様々な支払いをし、問題を起こせばケツを拭き。今の俺にそんなことできんのか。記憶の中の父親は、朝7時前には会社に出かけ、帰宅もかなり遅かった。土日も接待ゴルフや麻雀に行かないといけなかったりして大変そうだった(製薬会社でプロパーをしていたから医者の接待がすげー多かった)。ただ、ある時を境にあらゆる接待を辞めると宣言したらしく、帰宅はそこそこ早くなり、趣味に費やす時間も持てているようだった。なんとなく母親に聞いた話では、派閥のボスが争いに敗れ、それ以上の出世が無くなったから、的なものだった記憶がある。その後もきっちりと定年まで勤めあげ、更に請われて嘱託を何年かやって、ついに退職し悠々自適な生活が始まった数年後、脳腫瘍が見つかり(検査の結果、悪性だった)それは全身に廻って、1年と保たずにあっけなく逝ってしまった。俺は当時、店をやっていた。当日の金曜日の夜も大変な混雑だったから、結局死に目にも会えなかった。いや、違うな。それを理由に死に目に会いに行かなかったというのが本当のところだ。入院して変わっていく姿は、どうにも見ていられなかった。結局、入院直後に二度ほど見舞った後、次に顔を見たのは火葬場で棺の中だった。髪はすべて抜け落ちていて、でも顔自体は穏やかで「なんだかお坊さんみたいになったね、お父さん」と思いながら、おでこにキスをした。焼きあがった骨を誰にも見つからないように一欠片掴んで(考えれば当たり前なんだが、非常に熱かった)、そのまま口に放り込んだ。ガリガリと音を立てて、それは粉になって飲み込まれた。

このところ、父親があそこまで家族に尽くしたモチベーションは何だったんだろう、と思う時がある。実は、父親と腹を割って話したことが殆ど無い。中学を出た頃(≒俺がロクでもない感じになった頃)から、お互いに腫れ物を触るような対応に終始していたように思う。もちろん、家族としてのコミュニケーションはあったし、全く話をしないというわけではなかったけれど、お世辞にも仲がいい親子という関係性では無かったんじゃないだろうか。父親が好きだった食べ物で覚えているのは、イカの刺し身とバッテラ。多分、父親のことは嫌いではなかった。むしろ好きだったんだと思う。でも、目の前にいても何を考えているのか、正直よくわからなかった。もしかしたら、向こうも同じように思っていたのかもしれない。

父親が当時どんな事を思いながら、帰宅後にテレビでニュースや野球中継を眺めつつ、イカの刺し身をつまみに静かに瓶ビールを飲んでいたのかが少しだけわかってきた。単純なことだ、めちゃめちゃ俺達(弟がいる。ちなみに彼は父親ともかなり親しく話したりしていた。)の事を愛してくれていたんだろう。そうじゃなければ、あんな生活そうそう耐えられる様なものじゃない。もちろんジレンマを感じたり、自分を優先したくなった時もあっただろうとも思う。でも、そのほとんどの時間を家族の為に与えていた。我を通したり、憤っても意味はない。淡々とやるべきことをやって過ごすしか無いのだ。今、俺はその思いがわかる。最初の結婚の時には、この不思議な感情は全くわからなかった。結婚をしても、子供を持っても、自分の人生は自分のものだ、と思っていた。でも、今は違う。俺の人生、というか楽しみ的なことは、もう特に必要ない。今まで十二分、好きに暮らした。ロクでもなかった人生を、もう一度やり直せる、きちんとした結末へ向かえるチャンスが与えられた、と思った。残りは、この世に出てきて1年と7ヶ月しか経っていない彼女に捧げたい。嫌がられるかもしれないけれど、俺が生きている内はそうしたいと思っている。かつて、父親が俺にそうしてくれたように。